Magoの旅と音楽と

旅と音楽について書いています。

「初恋温泉」吉田修一(集英社文庫)

 光彦は4つもの店舗を切り盛りする、レストランオーナー。
 高校生の頃からのつきあいとなる妻、彩子と、熱海の「蓬莱」へと旅行をした。
 旅行の前日、彩子は光彦に別れを切り出していた。

 何だかウェットな情景を切り取ったような作品群です。
 全5編の短編集。
 「初恋温泉」「白雪温泉」「ためらいの湯」「風来温泉」「純情温泉」
 各掌の表題が、クサイまでにいい感じです。
 どれも温泉が舞台の、恋物語です。

 ちょっと高級な温泉の、静かな情景のなかで描かれる恋物語
 作者も、「音」風景にはずいぶんと気を遣っていらっしゃるようです。
 何度か出てきますが、ぼくも経験があります。
 急に空気が入れ替わったように静かになった瞬間。
 音は聞こえているのに、自分だけが音世界から隔絶されたような。
 そんな瞬間を、登場人物たちは感じています。
 温泉旅館という非日常が、そうさせるのでしょうか。
 そういえば、高級といわれる温泉旅館には、長い間行ったことがありません。

 どの掌も、何だかワケあり。
 一筋縄ではいかない、登場人物たち。

 最後の掌では、高校生カップルが描かれます。
 ぼくは高校生の頃は、外泊なんておろか、告白も、手をつなぐこともできませんでした。
 何だか羨ましいような、生き急いでいるような・・・。
 でも、何だか微笑ましくて、ちょっと切ない。
 女性の怖さをちょっと感じます。

 静かな雰囲気の、オトナのための掌編です。
 温泉に向かう、列車のなかで読んでみたいなぁ。