Magoの旅と音楽と

旅と音楽について書いています。

「トリップ」角田光代(光文社文庫)

 都心から私鉄で2時間強。
 田舎でもなく都会でもない、平凡な町に暮らす人々。
 市井の暮らしの想いを綴る10編の連作短編集。

 駆け落ちしそこなった女子高生。
 ジャンキーな主婦。
 商店街の肉屋の若嫁。
 大学時代の同級生をストーキングする男。
 不倫の末に街にたどり着いたカップル。

 ほんとうに、どいつもこいつも・・・。
 なんだか愛おしいような気さえします。
 作中、とくに大きな事件が起こるわけではありません。
 でも、各登場人物にとっては、そうではないのです。
 かけがえのない一日であったり、どうしようもない一日だったりするのでしょう。
 本作は妙にリアルで、誰かの生活をのぞき見したかのような。
 例によって汗くさい暑い作品です。
 角田光代の登場人物には、血が通っています。
 でも、人物が熱血だったりするわけではありません。
 なぜか作品の空気感が暑いのです。
 淡々と描き出される様に、暑さを感じるのはぼくだけではないでしょう。

 本作は連作ですが、大きなストーリーが横たわるわけではありません。
 袖振れ合うも多生の縁。
 まさに、そのとおり。
 狭い街で繰り広げられた人生物語。
 袖をふれあっただけの人が、どうしてそこにいるのか。
 なぜそこを歩いているのか。

 そして・・・
 ぼくはどうしてここにいるのか。
 何でこんなことをしているんだろう。
 そんなことを考えてしまいます。

 みんな、なにがしかそこにいる理由というものを、抱えつつたどり着いてきたんだよなぁ。
 なんて・・・。

 見知らぬ駅前で、道行く人を見ながら時間待ち。
 街ゆく人をプロファイリング。
 そんなスタンスで読んでしまいました。

 でも、この作品、もっともっと違った読み方があると思います。
 読者がこの作品を読むに至った物語。
 そこから角田光代作品との多生の縁が始まっているのでしょう。
 十人十色を著す本作は、十人十色の感じ方があるんだと思います。

 駅前のガラス張りの喫茶店でゆったり過ごしてみたいな。
 ぼくって、イヤなヤツなのかも。

 本屋さんで目についたら、ぜひ買ってみてください。
 多生の縁の始まりです。